【認知症薬に挑む】(下)日本発創薬「諦めない」 ノーベル賞の技術 血液1滴診断、現実味

アミロイドベータの蓄積を調べる検査法 アミロイドベータの蓄積を調べる検査法

 3年連続の日本人受賞、それも2人の受賞にわいた2002年のノーベル賞。研究機関所属ではない“一サラリーマン”受賞者として大きな注目を集めたのが、化学賞を受賞した精密機器メーカー島津製作所の田中耕一氏(59)だ。受賞の際、田中氏が語った“目標”がある。

 「血液1滴でさまざまな疾患の診断ができるようにしたい」

 この言葉が16年を経て、現実のものになりつつある。島津製作所や国立長寿医療研究センターなどのグループは今年2月、微量の血液からアルツハイマー型認知症の原因物質とされるアミロイドベータ(Aβ)の蓄積の有無を高精度で判定できる技術を英科学誌ネイチャーに発表した。

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 4月、日本医学放射線学会などが主催する講演会で田中氏は「慣れないマスコミに囲まれ、苦し紛れに血液1滴でさまざまな疾患の診断を、と言ったみたいです。記憶にありません」と笑いながら当時を振り返ったが、ノーベル賞を受賞した質量分析の技術が、アルツハイマー型認知症の創薬の味方になる日は近そうだ。

 アルツハイマー治療薬の開発に当たり、製薬各社は治験のため薬の効果が出やすいとされる早期の患者を探す。ところが、こうした患者は認知機能の低下が深刻ではないため医療機関にかからず、Aβの蓄積の有無を調べる機会がない。しかもAβの蓄積を調べるには、高額なPET(陽電子放射断層撮影)検査を受けるか、針を刺して髄液を採取する必要があり、患者の負担が大きい。血液検査で分かるようになれば、患者の負担は小さく手軽に受けられる。

 ネイチャーの発表以降、同社には国内外の多くの創薬企業や研究機関から「血液を測ってほしい」との要望が来た。同社は8月、血液検査によるAβ蓄積の受託分析を日本で開始すると発表。治験対象者の確保などで新薬開発に貢献する考えだ。

 血液検査で認知症の恐れが高いと診断されても、治療薬がない現段階、患者は絶望するだけだ。しかし、田中氏は「戦後の日本は課題があるからがんばってそれを解決してきた」と日本社会が力を合わせて認知症という課題を解決することに期待を寄せる。

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