早期診断・予防で認知症抑制 高齢者の「役割」創出がカギ ヘルスケア委員会提言

早期予防の促進

 --より多くの人が早期予防に取り組めるようにする方策は

 島田氏 運動の習慣化が認知症予防の中核的な方法になると考えています。運動は気軽に始められる半面、すぐにやめられる。いかに継続していくかが大切で、そのためには、効果を実感できるようにすることと集団で行うことが非常に大事です。自治会などの集団が自分たちで予防に取り組むと意思決定するようにすると組織化がうまくいくという事例もあります。明るい雰囲気でできるダンスの開発は良いアイデアだと思います。

100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む朝田隆氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影) 100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む朝田隆氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影)

 岡野氏 ラジオ体操のように国の施策として行うことがいいと思います。習慣化には、いわゆる報酬が必要で、脳内にドーパミンが出るような工夫が大事です。格好の良いインストラクターが体操やダンスを教えてくれるといったことでも十分に効果があります。

 朝田氏 運動も正しい方法でやらなければ効果がありませんので、インストラクターがしっかりと指導する必要があります。ただ、1人のインストラクターが教えられるのは50人から100人が限界で、より多くの人に教えようとすると膨大な費用がかかります。一つにはウェブを使って、インストラクターが双方向で指導できるようにすればいい。もう一つは、60代が70代を支えるといった次の受益者が負担するという考え方に基づいて、インストラクターを育成していけばいいのではないかと考えています。

社会的活動や交流の促進

 --社会的活動や交流が予防に効果があるといわれている

 朝田氏 高齢者にとって「居場所」と「役割」があることが非常に大事です。それには「仕事」が一番良いと考えています。仕事には、お金という成果が得られることと、役割を果たし感謝されるという2つのメリットがあります。高齢になってお金をもらう仕事が難しくなっても、人の役に立つことはできます。予防に効果のある運動を指導するインストラクターも日当を払うペイド・ボランティアのような形にすれば、仕事の創出と予防の促進の両方につながります。

 島田氏 高齢者にとって理想的なのはワークシェアリングのような働き方だと思います。情報収集と情報提供を通じて企業のニーズと働く意欲のある高齢者をマッチングするシステムを構築すれば、うまく回っていくのではないでしょうか。セカンドライフの働き方について、気持ちの切り替えや教育といったことも必要になると思います。

 岡野氏 長寿に備え、若いうちから健康的な生活習慣を身に付けておくことが大事なのと同じことが、社会性についてもいえると思います。仕事以外の仲間を作るとか、趣味を持つとか、セカンドライフに備えるという価値観や意識改革を促していくことが大事だと思います。

治療薬や治療法の研究開発

 --治療薬の研究開発への期待は大きい

 岡野氏 現在承認されている薬は、一時的に認知能力の低下を遅らせるというもので、根治薬ではありません。やはり進行を止める薬の開発が必要です。多くが原因物質であるアミロイドβの脳内蓄積を抑制するというアプローチで開発をしていますが、ことごとく失敗しています。そこで慶應義塾大学医学部では、まったく違う標的分子を見つけ出そうという研究に取り組んでいます。さらに、100歳超の百寿者で認知症を発症していない人の遺伝子を徹底的に調べ、そういう方々の状態に近づけるといった治療法も開発していきたいと考えています。

 朝田氏 失敗した薬でも、MCIの早期段階から投与すれば、効果があるというものもありますので、運動を中心とした非薬物療法との組み合わせで対処していくことが現状では有効だと考えています。そうした中で、食べ物や認知トレーニング、社会的活動なども含めて、効果のある組み合わせを探っていければと思っています。

 島田氏 やはりできるだけ早い段階からの投与が重要になってくると思います。そのためにも、MCIやそれ以前の兆候のある方々を探して治験を実施する必要があるのですが、これがうまく進んでいません。MCIの早期診断などを通じて治験を円滑に行うオレンジレジストリという登録システムを構築しています。

当事者や家族を支える社会

 --当事者や家族、介護者を支える社会の仕組み作りが欠かせない

 朝田氏 早期診断が大切だといっても、実際にMCIだと診断されると絶望してしまう人が多い。英国のスコットランドでは、ワンストップで当事者や家族の相談に何でも応じるリンクワーカーという制度がありますが、早期診断・早期予防のためにも、こうした支える仕組みが必要です。行政に加えて、当事者と身近に接する鉄道会社や銀行といった民間企業が、認知症への理解を深め、マニュアルを作成するなど、しっかりと対応できるようにすることも大切です。

 島田氏 経済的な負担を保証していくことが重要になると思います。公的保険だけでは十分に賄えないこともあるので、民間の保険も含めて備えておけば、不安を和らげることができるのではないでしょうか。在宅で介護する家族の負担をいかに軽減していくかについても、もっと考えていく必要があると思います。

 岡野氏 慶應義塾大学では、認知症による経済的な損失が14・5兆円に上ると試算しています。認知症患者が増えれば、損失もどんどん大きくなります。これに歯止めをかけるには、認知症の発症を遅らせ、患者数を抑制すると同時に、介護のコストをいかに下げていくかが重要になります。技術やサービスの開発を進めることで、介護の効率化を図ると同時に、当事者の方々に優しい社会の仕組みを作っていかなければならないと考えています。

【プロフィル】朝田隆氏 あさだ・たかし 昭和57年、東京医科歯科大学医学部卒。国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長などを経て平成13年に筑波大学臨床医学系精神医学教授。26年から東京医科歯科大学医学部特任教授、27年からメモリークリニックお茶の水院長。

【プロフィル】岡野栄之氏 おかの・ひでゆき 昭和58年、慶應義塾大学医学部卒。大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授などを経て平成13年から慶應義塾大学医学部生理学教室教授、27年から29年9月まで同医学部長。29年10月から同大学院医学研究科委員長。

【プロフィル】島田裕之氏 しまだ・ひろゆき 理学療法士を経て、平成15年、北里大学大学院(博士課程)修了。東京都老人総合研究所研究員などを経て、22年、国立長寿医療研究センター自立支援システム開発室室長、26年から同センター予防老年学研究部長。

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