シンポジウム「100歳時代のヘルスケア~認知症予防で健康長寿」

 誰もが100歳まで生きることが当たり前となる時代に備え、産経新聞社が立ち上げた「100歳時代プロジェクト」は、シンポジウム「100歳時代のヘルスケア~認知症予防で健康長寿」を3月7日に東京都千代田区の大手町サンケイプラザで開いた。同プロジェクト会議ヘルスケア委員会の委員を務める朝田隆・東京医科歯科大特任教授が講演。岡野栄之・慶應義塾大学大学院医学研究科委員長、島田裕之・国立長寿医療研究センター予防老年学研究部長の委員2人と、田村泰朗・太陽生命保険取締役常務執行役員が加わったパネルディスカッションを行い、ヘルスケア委員会がまとめた提言に基づき、認知症の予防や備えについて議論した。

東京都千代田区の大手町サンケイプラザで開かれた「100歳時代プロジェクト」のシンポジウム=3月7日(佐藤徳昭撮影) 東京都千代田区の大手町サンケイプラザで開かれた「100歳時代プロジェクト」のシンポジウム=3月7日(佐藤徳昭撮影)

基調講演「生きがい持つことが大切」朝田隆氏

 認知症というのは長生きすればするほど危険性が高まります。日本の認知症患者は約8割が80歳以上です。80歳を超えてから発症するということは、遺伝が原因ではなく、それまでの生活習慣やライフスタイルの影響が大きく、逆に言うと、予防の効果が期待できます。認知症の根本治療薬が数年で出てくることは期待が薄いだけに、なおさら予防が注目されています。

 予防の一押しは運動で、2番手が認知トレーニングです。米国では国立衛生研究所(NIH)が、国民向けにホームページで認知症予防に効果があると考えられる8カ条を公表しています。(1)糖尿病のコントロール(2)高血圧と高脂血症の改善(3)望ましい体重の維持(4)社会交流と知的な活動(5)運動の習慣(6)健康的な活動(7)禁煙(8)鬱病のコントロール-です。

 80歳を超えて認知症にならないようにするには、糖尿病や高血圧といった生活習慣病や鬱病にきちんと対処することが大切です。そして、自分でできることとして、若いうちから運動や知的活動、健康的な食事の習慣を身に付けておくことが非常に重要となります。

 一押しの運動では、ウオーキングやサイクリングといった有酸素運動が良いと分かっています。認知症予防につなげるには週3~5回、1回当たり20~60分、最大心拍数の60~90%が3カ条です。ウオーキングだと、おしゃべりしながらでは無理ぐらいのスピードが最も理想的な有酸素運動だといわれています。

 認知症には早期発見・早期治療が大事だといわれ、多くの人が専門のクリニックに診断を受けにきますが、早期の認知症や予備軍の軽度認知障害(MCI)と診断されると、反応は3つに分かれます。1つ目は早期発見・早期絶望型で、2つ目は意識の下に置いてしまう否認型、3つ目が最も望ましい徹底抗戦型ですが、これは非常に少ない。

 徹底抗戦は難しくても、リカバリーを目指すことはできると思います。寿命で亡くなったときに、家族に「そういえば少しぼけていたね」と言われるくらいを目標にしてほしい。そのためには認知症でも前向きに生きている人の後ろ姿を見ることや、同じ思いを持つ仲間と集団でやることが大切です。また、認知症やMCIの人こそ、愛されている、感謝されている、必要とされている、役に立っていると感じ、生きがいを持てるようにしなければなりません。

 認知症予防には、運動が一押しで、認知トレーニングで「認知予備能」を伸ばすこと、バランスの良い食事と質の良い睡眠、そして社会交流が非常に重要です。人間は社会的動物なので、人と交わることを欠かしてはなりません。

 認知症予防を人生の目的とするのではなく、生きがいを追求し、その結果として、認知症予防につながっていくことが大事だと思っています。

経済的負担への備え必要

【提言1】認知症に関する正しい知識の普及・啓発

 島田氏 認知症は発症する人が非常に多く、すべての人が自分事として考える必要があります。予防や発症を遅らせるためにやるべきことは分かってきているので、一人でも多くの人に正しく知ってもらい、第一歩を踏み出していただくことが重要になります。そうした観点からもマスメディアの果たすべき役割は大きいと考えています。

 朝田氏 米国の国立衛生研究所(NIH)が、国民向けにホームページで認知症予防に効果がある8カ条を公表しているように、行政の役割がこれまで以上に重要になると思います。

基調講演する朝田隆氏。東京都千代田区の大手町サンケイプラザ =3月7日(佐藤徳昭撮影) 基調講演する朝田隆氏。東京都千代田区の大手町サンケイプラザ =3月7日(佐藤徳昭撮影)

 田村氏 太陽生命保険ではご家庭を訪問して生命保険を販売しているので、非常に多くのシニアのお客さまにお会いします。そこでシニアのお客さまに最もやさしい生命保険会社になろうと、まず70歳以上のお客さまを毎年1回訪問する取り組みを始めました。その中で認知症に不安を感じているお客さまが非常に多いことが分かりました。平成28年3月に、生命保険業界で初めて、健康に不安のある方でも加入できる認知症治療保険を発売しました。約2年間で32万件を超えるご契約をいただき、シニアのお客さまに非常に高いご支持をいただいています。お客さまの多くが認知症に対して漠然とした不安を抱え、高い関心をお持ちの一方で、早期発見や予防に関する知識がまだまだ不足していることも実感しました。啓発に少しでもお役に立ちたいと考えています。

【提言2】軽度認知障害(MCI)の早期診断の普及

 朝田氏 日本老年精神医学会が専門外の医師や薬剤師が患者の行動などから軽度認知障害(MCI)を診断するチェックリストを作成しました。こうした医療にかかわらず、さまざまな気づきの機会を増やし早期発見・早期対処を促すことが大切です。

 島田氏 生活習慣病のリスクを検査する特定健診のような、地域で行われている健診の中で記憶力や注意力といった認知機能の検査を行うことが、手軽で効果的だと考えています。国立長寿医療研究センターがMCIの早期発見の実証研究を行っている地域では、約50%の人がMCIの状態から回復しています。これは予防活動を積極的に行った結果と考えられます。

 岡野氏 遺伝子を調べることでアルツハイマー型認知症になりやすい人が分かるようになってきました。MCIの方からiPS細胞を作成し、どのくらいの確率で認知症になりやすいかを判定する研究も重要です。こうした最新技術を駆使して早期発見・早期対処ができるようにしていきたいと思っています。

パネルディスカッションする慶応大学大学院医学研究科の岡野栄之委員長=7日午後、東京都千代田区の大手町サンケイプラザ(佐藤徳昭撮影) パネルディスカッションする慶応大学大学院医学研究科の岡野栄之委員長=7日午後、東京都千代田区の大手町サンケイプラザ(佐藤徳昭撮影)

 田村氏 100歳時代は元気に長生きしていただくことが最も大切だと考えています。したがって万が一、認知症になってしまった場合には生命保険を活用していただくとしても、まずは認知症を予防していただくことが大切です。歩行速度の低下とMCIの発症リスクに関連があることや運動習慣などの生活改善が認知症リスク低減につながることがわかってきています。そこで私たちは日常的に歩行速度を測定し、歩行速度に表れる認知機能低下のリスクを早期に発見できるスマートフォンのアプリを提供しています。

【提言3】運動の習慣化など予防の促進

 島田氏 運動と認知トレーニングが科学的に根拠のある予防法だと考えられています。特に運動は今日からでも始められますが、いかに続けるかが課題です。一人で続けるのは難しいので、地域の運動サークルや民間のフィットネスクラブといったグループへの参加を検討していただきたい。

 朝田氏 三日坊主にならないためには、仲間がいること、先生がいて鞭(むち)を入れてくれることが大切です。地域で、インストラクターを育てていくことも重要になります。

 田村氏 私たちが提供している認知症予防アプリの効果が出てくるには、継続して使用いただくことが必要です。4月から、継続して使用いただくためのさまざまな工夫を取り入れてアプリ機能を大幅に改良しました。脳トレのドリルを毎日更新し、飽きずに継続できるようにしました。自分が歩いた歩数や脳トレドリルの成績を同年代のユーザーと比較してやる気を刺激するような工夫も取り入れました。さらに離れたところにお住まいの家族同士の歩く速度や脳トレの点数が表示されます。このような工夫や改良を常に行い、認知症予防を習慣化していただけるお手伝いをしたいと考えています。

パネルディスカッションする国立長寿医療研究センターの島田裕之・予防老年学研究部長=7日午後、東京都千代田区の大手町サンケイプラザ(佐藤徳昭撮影) パネルディスカッションする国立長寿医療研究センターの島田裕之・予防老年学研究部長=7日午後、東京都千代田区の大手町サンケイプラザ(佐藤徳昭撮影)

【提言4】社会的活動や交流の促進

 朝田氏 社会的な生き物である人間にとって一番大事なのは社会脳だといわれています。社会性を高めることがある意味で一番の脳トレかもしれません。これからの高齢者には「キョウヨウ」と「キョウイク」が必要。「教養」と「教育」ではなく、「今日用事」と「今日行く所」があることが大切です。

 島田氏 予防にはやはり生きがいを持てる活動が望ましい。生きがいを持つには人から必要とされ、感謝されることが大事で、働くことが最も良いと思います。「生きがい就労」という言葉が使われますが、多くの高齢者が無理なく働ける社会にしていくことが望ましいと考えています。

 岡野氏 大人なってからも神経細胞が新しく生まれることが分かってきたのですが、そのためには運動すること、新しいことに好奇心を持つこと、そして異性に関心を持つことが大事なのです。運動や社会的な活動は、脳の中で記憶をつかさどる海馬で新しい神経細胞を作ることにつながり、認知症予防に深く関係しているといわれています。

 田村氏 働くことが認知症予防にもっとも良い、というお話が出ましたが、当社では平成29年4月から保険業界では初となる内務員の65歳定年制と最長70歳まで働ける継続雇用制度を導入しました。お客さま、従業員、社会を元気にしようという「太陽の元気プロジェクト」という取り組みのなかで、従業員を元気にすることを目的に実施したものです。定年延長しても給料を途中で引き下げず、能力のある方はポストもそのままにして、働きがいを持てるようにしています。

【提言5】治療薬や治療法の研究開発の促進

 岡野氏 認知症の治療薬の開発は24年間失敗が続いています。原因物質であるアミロイドβの脳内蓄積を防いだり、消去したりしようという方策に固執し続けたことが原因ではないかと考え、慶應義塾大学医学部では従来とは異なる物質を標的とした薬の開発を行っています。もう一つ、100歳以上の百寿者の方の腸内細菌や遺伝子を調べ、長生きしている方の状態に近づけるような薬の開発にも取り組んでいます。110歳まで生きる方は、100歳ぐらいから認知能力が低下せずに維持されている人が多い。このメカニズムを解明して創薬につなげていきたいと考えています。

 朝田氏 当面は既存の薬を複数組み合わせる「カクテル療法」がポイントになると思います。また運動や認知トレーニングといった非薬物療法と組み合わせて薬の治験をやれば、効果が上がっていく可能性があると思っています。

【提言6】当事者や家族を支える仕組み作り

 朝田氏 少子高齢化が進む中で、介護保険や健康保険といった社会保障制度を維持できるのか不安があるうえ、公的保険だけでは十分とはいえません。より質の高い介護や医療を受けようとすれば、公的保険と民間の保険を抱き合わせて備えることが必要な時代になってきたと思います。

 島田氏 認知症は経過期間が長く、ご家族にとって介護は大変な負担です。最終的には施設のお世話になるという決断をせざるを得ないときがくると思います。施設によっては、公的年金だけでは賄えず、自己資金が必要となってきます。認知症になっても安心して暮らせるようにする上でも、公的年金との差額を埋める、民間の保険サービスの充実が必要だと思っています。

 岡野氏 慶應義塾大学で認知症による経済損失を試算したところ、14・5兆円にもなりました。うち医療費が1・6兆円、介護費が6・5兆円で、残りは社会的な整備のコストや介護離職による経済生産の喪失などです。高齢化で認知症患者が増えれば、損失もどんどん膨らむので、いかに認知症の発症を遅らせるかが重要です。5年遅らせると損失は半分になると試算されていますので、認知症予防は子供たちの将来のためにも重要です。

 田村氏 生命保険という商品は保険金などのお支払いの時にはじめてお客さまに価値を提供できる商品です。ですから、お支払いの時にこそお客さまには最も喜んでいただきたいと考えています。しかし、手続きが面倒などといった理由でお支払いの手続きをされないお客さまが結構いらっしゃいます。そこで、「追いかけて行ってでもお支払いをさせていただく」ということを合言葉にして、70歳以上のお客さまを年に1回訪問しお支払いできることがないかを確認させていただいたり、「かけつけ隊サービス」といって、お手続きの際には専門知識を持つ内務員がお客さまのお宅に直接出向いて行って手続きのお手伝いをさせていただいたりする取り組みをしています。確実に迅速に簡単にお支払い手続きをしていただくことでご安心いただく。まさに「追いかけて行ってでもお支払いをさせていただく」ために、今後もさまざまな取り組みをしてまいります。

パネルディスカッションする太陽生命保険の田村泰朗・取締役常務執行役員=7日午後、東京都千代田区の大手町サンケイプラザ(佐藤徳昭撮影) パネルディスカッションする太陽生命保険の田村泰朗・取締役常務執行役員=7日午後、東京都千代田区の大手町サンケイプラザ(佐藤徳昭撮影)

【プロフィル】朝田隆氏 あさだ・たかし 昭和57年、東京医科歯科大学医学部卒。国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長などを経て平成13年に筑波大学臨床医学系精神医学教授。26年から東京医科歯科大学医学部特任教授、27年からメモリークリニックお茶の水院長。

【プロフィル】岡野栄之氏 おかの・ひでゆき 昭和58年、慶應義塾大学医学部卒。大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授などを経て平成13年から慶應義塾大学医学部生理学教室教授、27年から29年9月まで同医学部長。29年10月から同大学院医学研究科委員長。

【プロフィル】島田裕之氏 しまだ・ひろゆき 理学療法士を経て、平成15年、北里大学大学院(博士課程)修了。東京都老人総合研究所研究員などを経て、22年、国立長寿医療研究センター自立支援システム開発室室長、26年から同センター予防老年学研究部長。

【プロフィル】田村泰朗氏 たむら・やすろう 昭和62年、太陽生命保険入社。四日市支社長、総合リスク管理部長、企画部長などを経て、平成29年4月から取締役常務執行役員。

協賛 太陽生命保険

 太陽生命保険では、平成28年3月に簡単なチェックで加入できる選択緩和型で認知症を保障する生命保険業界初の「ひまわり認知症治療保険」を発売。29年10月に、長生きすればするほど受け取る年金総額が増える「100歳時代年金」を発売するなど、長寿社会の課題解決に取り組んでいる。

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