早期診断・予防で認知症抑制 高齢者の「役割」創出がカギ ヘルスケア委員会提言

 誰もが100歳まで生きることが当たり前となる時代に備え、産経新聞社が立ち上げた「100歳時代プロジェクト」(パートナー企業・太陽生命保険、野村ホールディングス)はこのほど、ヘルスケア委員会を開き、健康寿命の延伸に向けた認知症対策に関する提言をまとめた。

 委員の東京医科歯科大学特任教授の朝田隆氏は「認知症の予防には社会的活動や交流が有効で、高齢者の役割があることが大切。一番良いのは仕事があることだ」と指摘。慶應義塾大学大学院医学研究科委員長の岡野栄之氏は「遺伝子解析やiPS細胞なども使って、認知症の進行を止める薬の開発を追求しなければならない」と語った。国立長寿医療研究センター予防老年学研究部長、島田裕之氏は「できるだけ早い段階で自分の状態を客観的に知ってもらい、予防のための行動を起こしてもらうことが重要だ」と述べた。

正しい知識の普及・啓発

 --認知症に関する正しい知識や情報がまだまだ不足している

 島田氏 認知症の予防には、運動の習慣化など健康的なライフスタイルを早くから身につけることが重要であると知ってもらうことが、まずはスタートになると思います。やるべきことは分かっています。それを一部の人だけでなく、社会全体で取り組むことが重要で、「気づき」と「行動」を促すことが大切です。正しい情報をいかに分かりやすく国民に伝えていくかという点でも、メディアが果たすべき役割は大きいと考えています。認知症の当事者や家族の声を広く伝えることも、認知症への理解が深く浸透することにつながると思います。

 朝田氏 米国では国立衛生研究所(NIH)が、国民向けにホームページで認知症予防に効果があると考えられる8カ条を公表しています。太らない、運動の習慣、健康的な食生活といった非常に分かりやすい内容で、国が率先し責任をもって国民に予防を促しています。米国の事例を参考に、日本でも、国が責任をもって、専門家に研究や検証をさせた上で、分かりやすく国民に広げていくような取り組みが必要だと考えています。

 岡野氏 例えば、アルツハイマー型の場合、無症状期20年、発症前の軽度認知障害(MCI)10年と発症まで非常に長い時間がかかりますので、早期診断による早期予防あるいは早期医療介入が非常に重要となります。そうした認識を広め、健康診断の一環として認知症の検査を実施するような動きにつなげていくことが大事だと思います。

100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む朝田隆氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影) 100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む朝田隆氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影)

早期診断の普及

 --MCIの早期診断がカギとなる

 朝田氏 かかりつけの病院や薬局で患者さんの認知機能の状態を確認できるチェックリストが作成されています。実は病院の事務員や薬局の調剤師の方がMCIに気づくケースが多い。病院では予約日を間違えるとか、薬局では薬が早くなくなるとか、たくさん余るといったことをチェックすることで、かなりの確度でMCIを把握できるようになってきました。地域包括で病院や薬局と連携し、MCIをチェックする仕組みを広げていくことが、有効だと考えています。

 島田氏 国立長寿医療研究センターでは、地域の市町村でタブレット端末を使った認知機能検査を実施しています。できるだけ早い段階で自分の状態を客観的に知ってもらい、予防のための行動を起こしてもらうことが重要で、そのためには、地域での健康診断のような仕組みが必要だと考えています。65歳や70歳といった節目の年齢に定期的に検査を受けられるようにすることも大切です。

 岡野氏 血液などさまざまなバイオマーカー(疾病の進行度を測る指標)を使った診断方法が今後開発されていくと思いますが、精度を高めると同時に、一般的に簡単に受けられるようにしていくことが課題です。また、MCIの前の段階でも遺伝子解析やiPS細胞を使い認知症になりやすい人が分かるようになってきました。そうした人に検査を勧めることができるようになると思います。今後、ビッグデータやAIを活用することで、精度の高い予期的診断が可能になると考えています。

早期予防の促進

 --より多くの人が早期予防に取り組めるようにする方策は

 島田氏 運動の習慣化が認知症予防の中核的な方法になると考えています。運動は気軽に始められる半面、すぐにやめられる。いかに継続していくかが大切で、そのためには、効果を実感できるようにすることと集団で行うことが非常に大事です。自治会などの集団が自分たちで予防に取り組むと意思決定するようにすると組織化がうまくいくという事例もあります。明るい雰囲気でできるダンスの開発は良いアイデアだと思います。

100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む岡野栄之氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影) 100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む岡野栄之氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影)

 岡野氏 ラジオ体操のように国の施策として行うことがいいと思います。習慣化には、いわゆる報酬が必要で、脳内にドーパミンが出るような工夫が大事です。格好の良いインストラクターが体操やダンスを教えてくれるといったことでも十分に効果があります。

 朝田氏 運動も正しい方法でやらなければ効果がありませんので、インストラクターがしっかりと指導する必要があります。ただ、1人のインストラクターが教えられるのは50人から100人が限界で、より多くの人に教えようとすると膨大な費用がかかります。一つにはウェブを使って、インストラクターが双方向で指導できるようにすればいい。もう一つは、60代が70代を支えるといった次の受益者が負担するという考え方に基づいて、インストラクターを育成していけばいいのではないかと考えています。

社会的活動や交流の促進

 --社会的活動や交流が予防に効果があるといわれている

 朝田氏 高齢者にとって「居場所」と「役割」があることが非常に大事です。それには「仕事」が一番良いと考えています。仕事には、お金という成果が得られることと、役割を果たし感謝されるという2つのメリットがあります。高齢になってお金をもらう仕事が難しくなっても、人の役に立つことはできます。予防に効果のある運動を指導するインストラクターも日当を払うペイド・ボランティアのような形にすれば、仕事の創出と予防の促進の両方につながります。

 島田氏 高齢者にとって理想的なのはワークシェアリングのような働き方だと思います。情報収集と情報提供を通じて企業のニーズと働く意欲のある高齢者をマッチングするシステムを構築すれば、うまく回っていくのではないでしょうか。セカンドライフの働き方について、気持ちの切り替えや教育といったことも必要になると思います。

 岡野氏 長寿に備え、若いうちから健康的な生活習慣を身に付けておくことが大事なのと同じことが、社会性についてもいえると思います。仕事以外の仲間を作るとか、趣味を持つとか、セカンドライフに備えるという価値観や意識改革を促していくことが大事だと思います。

100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む島田裕之氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影) 100歳時代プロジェクトのヘルスケア委員会に臨む島田裕之氏=6日午後、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影)

治療薬や治療法の研究開発

 --治療薬の研究開発への期待は大きい

 岡野氏 現在承認されている薬は、一時的に認知能力の低下を遅らせるというもので、根治薬ではありません。やはり進行を止める薬の開発が必要です。多くが原因物質であるアミロイドβの脳内蓄積を抑制するというアプローチで開発をしていますが、ことごとく失敗しています。そこで慶應義塾大学医学部では、まったく違う標的分子を見つけ出そうという研究に取り組んでいます。さらに、100歳超の百寿者で認知症を発症していない人の遺伝子を徹底的に調べ、そういう方々の状態に近づけるといった治療法も開発していきたいと考えています。

 朝田氏 失敗した薬でも、MCIの早期段階から投与すれば、効果があるというものもありますので、運動を中心とした非薬物療法との組み合わせで対処していくことが現状では有効だと考えています。そうした中で、食べ物や認知トレーニング、社会的活動なども含めて、効果のある組み合わせを探っていければと思っています。

 島田氏 やはりできるだけ早い段階からの投与が重要になってくると思います。そのためにも、MCIやそれ以前の兆候のある方々を探して治験を実施する必要があるのですが、これがうまく進んでいません。MCIの早期診断などを通じて治験を円滑に行うオレンジレジストリという登録システムを構築しています。

当事者や家族を支える社会

 --当事者や家族、介護者を支える社会の仕組み作りが欠かせない

 朝田氏 早期診断が大切だといっても、実際にMCIだと診断されると絶望してしまう人が多い。英国のスコットランドでは、ワンストップで当事者や家族の相談に何でも応じるリンクワーカーという制度がありますが、早期診断・早期予防のためにも、こうした支える仕組みが必要です。行政に加えて、当事者と身近に接する鉄道会社や銀行といった民間企業が、認知症への理解を深め、マニュアルを作成するなど、しっかりと対応できるようにすることも大切です。

 島田氏 経済的な負担を保証していくことが重要になると思います。公的保険だけでは十分に賄えないこともあるので、民間の保険も含めて備えておけば、不安を和らげることができるのではないでしょうか。在宅で介護する家族の負担をいかに軽減していくかについても、もっと考えていく必要があると思います。

 岡野氏 慶應義塾大学では、認知症による経済的な損失が14・5兆円に上ると試算しています。認知症患者が増えれば、損失もどんどん大きくなります。これに歯止めをかけるには、認知症の発症を遅らせ、患者数を抑制すると同時に、介護のコストをいかに下げていくかが重要になります。技術やサービスの開発を進めることで、介護の効率化を図ると同時に、当事者の方々に優しい社会の仕組みを作っていかなければならないと考えています。

【プロフィル】朝田隆氏 あさだ・たかし 昭和57年、東京医科歯科大学医学部卒。国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長などを経て平成13年に筑波大学臨床医学系精神医学教授。26年から東京医科歯科大学医学部特任教授、27年からメモリークリニックお茶の水院長。

【プロフィル】岡野栄之氏 おかの・ひでゆき 昭和58年、慶應義塾大学医学部卒。大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授などを経て平成13年から慶應義塾大学医学部生理学教室教授、27年から29年9月まで同医学部長。29年10月から同大学院医学研究科委員長。

【プロフィル】島田裕之氏 しまだ・ひろゆき 理学療法士を経て、平成15年、北里大学大学院(博士課程)修了。東京都老人総合研究所研究員などを経て、22年、国立長寿医療研究センター自立支援システム開発室室長、26年から同センター予防老年学研究部長。

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