長寿に備え、仕事と運用で所得増

 100歳まで生きることが当たり前となる時代に備え、産経新聞社が立ち上げた「100歳時代プロジェクト」(パートナー企業・太陽生命保険、野村ホールディングス)はこのほど、長寿に備えた資産形成や働き方などについて有識者で議論する「ライフプラン委員会」を開いた。

 委員には、日本FP(ファイナンシャル・プランナーズ)協会理事長の白根壽晴氏、慶應義塾大学商学部教授の清家篤氏、GNEX代表で慶應義塾大学2年の三上洋一郎氏を招聘(しょうへい)。まず資産形成などお金の問題について議論した。

 委員会は、長寿で現役引退後の老後時間が延びる一方で、公的年金の給付水準が実質的に低下していくなか、できるだけ長く働き続けるとともに、資産運用や投資によって、所得を増やすことの重要性を指摘。さらに、若いうちから金融・経済に関する知識や、リスクとリターンの関係について理解して適切に判断できる「金融リテラシー」を高めておくことが大切だと提言した。

資産寿命の延伸

 --100歳時代に求められるマネープランとは

 白根氏 シニアの方はもちろん、先が長く不確実なことが多い若い人も、自分がどういう人生を生きたいのか、ライフプランをしっかりとたて、その上で経済的な裏付けであるマネープランについて考えることが大切です。

 これまでのシニアは退職までに蓄えたお金と退職金、公的年金で老後の資金計画をたてることができましたが、現役時代の所得に比べた年金の代替率が下がっていく、これからの若い世代には難しい。できるだけ長く働き続けることが、これからのライフプランとマネープランの核になると考えています。また若い人ほど資産形成も難しいので、できるだけ早くライフプランについて考えて、資産形成のための金融リテラシーを身に付けてもらいたいと思います。

 清家氏 高齢化はいろいろな問題を引き起こしますが、みんなが長生きになった結果であり、長寿を本当に喜べるようにしなければなりません。そのためには、健康で元気に働き、資産運用や消費活動も積極的に行うアクティブエイジングが大事になります。健康寿命、職業寿命、資産寿命、消費寿命を延ばし、生涯現役社会を実現することが必要です。

白根壽晴氏 白根壽晴氏

 豊かな老後には、働いて得る勤労所得と、金融資産などから得られる非勤労所得の確保がポイントになります。できるだけ長く働き続ける上でも、自分の判断力で金融資産を運用していく上でも、前提となるのが健康です。まず健康寿命を延ばし、それによって職業寿命と資産寿命を延ばしていく。そうした取り組みを個人さらには国全体の施策として進めていくことが大切だと考えています。

 三上氏 年金が私たち若い世代の老後を支えてくれる可能性は非常に低いと思っています。実際、給付水準は物価が上昇していけば実質的に低下するので、65歳で仕事を引退した後の35年間食べていくのは難しい。若い世代ほど積極的に金融資産を形成していくことが重要になると思います。若い世代がもらっている給与所得は昔に比べると相対的に低下しているし、退職金も少ないので、運用によってお金を増やしていく工夫がより求められます。それもできるだけ早く、30歳くらいから資産形成を始める必要があるのではと思っています。

 現実として、老後の資産や資金計画について考えている若い人はほとんどいません。そもそも考えなければならないこと自体が残念なことなのかもしれませんが、若いうちから老後に備える覚悟をしておくことが大事だと思っています。

資産形成の心得

 --資産形成や資産寿命の延伸で大切なポイントは

 白根氏 まずは自分がどう生きたいのかというライフプラン、人生観をしっかりと持つことが重要です。例えば、会社員であれば老後資金にいくら必要かといったモデルケースにとらわれるのではなく、自分のライフプランがあって、そこからどれくらい必要なのかを考えてほしい。いろいろな経験ができる若い時代に、将来のために生活を切り詰めていたのでは、何のための人生かということになってしまいます。

 若い人は退職まで時間がありますので、時間を味方につけた資産形成を行ってほしい。日本よりも成長率の高い海外への投資も組み合わせた長期・国際分散・積み立て投資を5年、10年と続け、成功体験を持ってもらうことが大切だと思います。

清家篤氏 清家篤氏

 清家氏 大きな枠組みとして、リスクに自分で備える「自助」と、公的年金のように共同で備える「共助」、生活扶助のように税金に頼る「公助」という3つがあります。このうち共助の年金制度は互いにお金を出し合って必要になったら給付を受ける仕組みですから、保険料や給付水準を調整することで仕組みは維持できます。ですから、もう共助には頼れないから自助でやらなければならないと考えるのは間違いで、共助が一定額あった上で、豊かな生活をおくるために自助が大切だと考えるべきです。

 若いうちから老後のことや、資産形成のことばかり考えている人生というのもちょっと寂しいですよね。そうしなくてもよいためにも共助の公的年金は必要なのです。

 三上氏 例えば、老後の資産形成で、銀行からの借り入れでアパートを建てて、10年間の一括借り上げで家賃収入が入ってくるという投資スキームがありますが、これに危うさを感じないことが怖いと思います。人口が減少していくなかで、10年間もいったいどうやって借り手を確保し家賃を維持していくのか。株式投資でも例えば、1円に値下がりして紙くずになるリスクのある株を買って、たまたま10円に値上がりしてもうけたとしても、それが成功体験といえるのか。

 やはり本質的なリスクは何なのかということを理解することが大切だと思います。投資なので損をすることもありますが、損をしながら学んでいくしかないのではないでしょうか。

金融リテラシーの向上

 --100歳時代に求められる金融リテラシーとは

 白根氏 日本人全体として、「投資=リスク、損失、危険」という認識がまだまだ非常に強いので、学校教育や社会教育を通じて、資産形成の大切さについて学んでもらいたい。リスクや不確実性についてしっかりと認識してもらえるようになれば、躊(ちゅう)躇(ちょ)せずに身の丈にあった資産形成を始める人が増えるのではないかと期待しています。

三上洋一郎氏 三上洋一郎氏

 清家氏 子供のころから金融について学ぶことは良いことだと思っています。一番大切なのは、リスクとリターンの関係ですね。高いリターンには高いリスクが伴い、高いリスクが嫌なら低いリターンで我慢する。「リターンの高い商品です」と言われれば、「リスクも高いのだな」と理解し、「安心な商品です」と言われれば、「リターンはあまり期待できないのだな」ということが分かる。その常識を身に付けるということです。また資産の運用は経済環境の影響を受けますので、一般的なマクロ経済の知識を学ぶことも大事です。

 自助は、自分の頭で考えて自分で責任を取らなければなりません。だからこそ、リスクとリターンについて理解し判断できるリテラシーを身に付けておく必要があるのです。

 三上氏 やはりリスクとリターンについて理解することがすごく大切だと思っています。リスクを取らなければ大きなリターンは得られない。リスクを取りたくなければ少ないリターンしか期待できない。この原則をしっかりと踏まえ、「低いリスクで高いリターンが期待できますよ」という説明に疑問を持てるようにしなければいけないと思っています。

金融サービスの充実

 --資産運用での専門家の役割は

 白根氏 日本にはFP(ファイナンシャル・プランニング)技能検定に合格した人が181万人います。つまり国民の約70人に1人が基本的なリテラシーを身に付けています。これに対して、金融機関の職員がリスクとリターンの関係や世界情勢を含むマクロ経済についてきちんと説明できているかというと、まだまだ課題が多く、プロとしてレベルを高めていく必要があると思います。また若い人には自らFPの勉強をしてリテラシーを高めてほしい。日本FP協会としてもお金に関する出張授業などを通じ金融リテラシーの向上に貢献したいと考えています。

 清家氏 自助は最終的に自己責任ですが、資産寿命を延ばしたり、金融リテラシーを高めたりするには専門家のアドバイスも必要です。慶應義塾大学では野村ホールディングスと資産寿命を延ばすことなどを目的にしたファイナンシャル・ジェロントロジー(老年金融学)の共同研究を行っています。健康寿命の延伸にはヘルスケアが、資産寿命にはウェルスケアが必要ですが、個人の資産状態は健康状態以上に多様で、リスクとリターンについてどう考えるかも個々人で千差万別です。そうした個人のニーズに合わせた金融サービスが提供できるようになっていけばよいと思っています。

【プロフィル】白根壽晴氏 しらね・としはる 昭和52年、早稲田大学法学部卒。住友電気工業を経て、58年、税理士登録。エフピーインテリジェンス代表取締役。平成24年から日本FP協会理事長。『定年後のお金 全疑問45』(東京書籍)など著書多数。

【プロフィル】清家篤氏 せいけ・あつし 昭和53年、慶應義塾大学経済学部卒。博士(商学)。現在、社会保障制度改革推進会議議長、ILO「仕事の未来世界委員会」委員などを兼務。近著に『金融ジェロントロジー』(編著、東洋経済新報社)など。

【プロフィル】三上洋一郎氏 みかみ・よういちろう 平成10年生まれ、兵庫県出身。デジタルマーケティングを手掛けるGNEX代表取締役CEO&Founderで、慶應義塾大学総合政策学部2年。昨年9月から内閣府の「人生100年時代構想会議」の有識者委員を務めている。

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