定年・年金見直しで高齢者の就労促進

 誰もが100歳まで生きることが当たり前となる時代に備え、産経新聞社が立ち上げた「100歳時代プロジェクト」(パートナー企業・太陽生命保険、野村ホールディングス)はこのほど、有識者によるライフプラン委員会を開き、100歳時代のお金の問題に続き、働き方について議論し提言をまとめた。

 委員の慶應義塾大学商学部教授の清家篤氏は「高齢者の就労を促すには、定年や年金の仕組みを見直す必要がある」と指摘。日本FP協会理事長の白根壽晴氏は「生涯にわたるキャリア教育、金融教育、リカレント教育が必要だ」と述べた。GNEX代表の三上洋一郎氏は「時代の変化に対応した労働力を育てる意味でもリカレント教育は重要だ」と語った。

労働力人口の確保

 --100歳時代に求められる働き方とは

 清家氏 高齢化によって生じる一番の問題は、労働力が減っていくことです。厚生労働省の研究会の試算では、現在約6600万人の労働力人口が、このまま何もしないと2030年には約5800万人まで減少すると推計されています。

 労働力人口が減ると、まず社会保障制度の負担と給付のバランスが崩れ、持続可能性が損なわれる恐れが出てきます。もう一つは、生産が減少し、供給面で経済成長が制約されることになります。さらに労働者が減るということは、勤労収入も減ることになるので、消費が縮小し、需要面でも成長が制約される可能性がある。労働力人口の減少は、社会保障制度の持続可能性を低下させ、供給面と需要面で成長を制約するという“三重苦”を引き起こしかねません。

 ただ、人口が減少しても、働く意思のある人が働けるようにして労働力率を高めていけば、労働力人口は維持できます。厚労省の研究会も女性と高齢者の労働力率を高めれば、30年の労働力人口を約6400万人程度を維持できると試算しています。日本は高齢者に元気で働く意欲のある人が多いので、高齢者の労働力率を高めていくことが大切です。労働力人口の減少を抑制する一方で、付加価値生産性を高めれば、供給面と需要面での成長の制約も防ぐことはできます。

白根壽晴氏 白根壽晴氏

65歳以降の雇用継続

 --高齢者が仕事を続けられるようにする方策は

 清家氏 高齢者の就労を抑制している要因を取り除いていかなければいけません。法律で65歳までの継続雇用が義務づけられており、65歳まで現役が標準となってきています。まずは定年を65歳にすべきです。しかし、現在65歳の人の平均余命は男性が19年、女性は24年で、平均的にまだ20年前後は生きることになります。20歳代前半から65歳まで約40年働くとしても、人生の半分は働かないですごすことになってしまう。やはり、人生100年時代には、定年年齢を引き上げ、65歳以降も働き続けることが必要だと思います。

 公的年金制度も、多くの人ができるだけ長く働き、社会を支えられるように-仕組みを改めることが必要だと考えています。例えば、年金の受給開始時期を65歳から70歳まで遅らせると、毎月の受取額が65歳でもらうより42%増額される繰り下げ受給のメリットを高め、利用を促進する必要があります。また、支給開始年齢を引き上げ、その代わりに、年金の給付額を抑制するマクロ経済スライドを緩和するといったことも検討してもいいのではないでしょうか。

 高齢者の就労を促すことで、社会保障制度の持続可能性を高め、供給面および需要面での成長制約を緩和しなければなりません。そのためには、定年制度といった雇用の仕組みや、年金制度といった公的な仕組みを見直していくことが必要だと考えています。

学び直しの充実

 --社会人向けのリカレント教育(学び直し)が注目されている

 白根氏 働き方は一様ではないので、もっと柔軟な働き方を模索してほしい。若いころからネットワーク作りをしておくことも重要です。自立する意識を持っていないと、組織の中に埋没してしまい、時代の変化についていけなくなってしまいます。そうした意味でも、子供のころから仕事について学ぶキャリア教育をしっかりやるべきです。ライフステージを通じて、キャリア教育、金融教育、そしてリカレント教育を受けられるような環境の整備が大切です。

清家篤氏 清家篤氏

 三上氏 これからは、22歳まで学び65歳まで働いて、引退して老後生活を送るという3段階の単線型のライフモデルから、仕事を一度辞めて学び直し別の仕事や自分がやりたいことに身を投じていくといった複線型に大きく変わっていくと思います。ただ、われわれ若い世代がこれから就職する企業には、それに応じた制度や仕組みがない場合が多いと感じています。

 70、75歳まで働けるようにすることは、労働力人口を維持する上で重要ですが、75歳でどんな仕事ができるのかという現実的な問題もあります。高齢者が能力を発揮できる職場や雇用環境をつくることは簡単ではありませんが、それを支える一つが、リカレント教育だと思っています。時代の変化に対応した労働力を育てるという意味でもリカレント教育は重要で、一過性のはやりで終わらせないようにしてほしいです。

技術革新で雇用増

 --AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの技術革新が働き方に及ぼす影響は

 清家氏 第4次産業革命といわれる技術革新は、雇用を奪う可能性もある一方で、労働力が減る日本ではウイン・ウインの関係になる可能性が高いと思います。ロボットなど介護分野の技術革新は、介護離職を防ぎ、現役世代の負担を軽減すると同時に、女性や高齢者の就労を促進することにもつながります。

 これまでも技術革新によって、人間がやっていた仕事が機械に置き換えられてきました。しかし生産性の向上を通じてモノやサービスの需要が増えた結果、雇用も増えました。大事なのは、今の時代に人間にしかできない仕事が何なのかということです。例えば「創造力」と「想像力」を使う仕事や「匠の仕事」です。マニュアル化できない、かゆいところに手が届くようなサービスも機械には置き換えることはできません。

三上洋一郎氏 三上洋一郎氏

 白根氏 年をとると、体力的にも頭脳的にも衰え、技術の変化にも付いていけなくなります。しかし、ワークシェアリングやタイムシェアリングによって業務を細分化したり、AIやロボットができる部分と人間にしかできない部分に分けることで、高齢者が関われる仕事も増えていくと思います。

 ファイナンシャル・プランナー(FP)の仕事もロボアドバイザーやデジタルアドバイスで定量的に対応できる部分もありますが、やはりお客さまの潜在的なニーズを掘り起こすといったアプローチができるのは人間だけだと考えます。

自分に投資

 --若い世代に必要なライフプランは

 三上氏 自分の生き方においてはチャンスが多い、頻繁にゲームチェンジが起きる時代だと思っています。資本を持たない若者が年長者に勝つには、何かしらのラッキーが必要で、3年に1回、もしかしたら年に1回のゲームチェンジが起きるかもしれない。そこで大きなリターンを得ようとすれば、やはり大きなリスクをとらないといけない。もちろん人それぞれで、リスクをとらないでも生きていける。要は自分がどういう人生を生きたいかということに尽きます。ただ、テクノロジーの発展や時代の変化はとまらない。その中で闘っていけるリテラシーを身に付けることが大切だと考えています。

 清家氏 大切なのは変化への対応力です。リカレント教育でスキルやテクニックを身に付けることも大事ですが、変化を正しく理解し客観的に確かめ、問題を解決できる能力を、学問を通じて若いうちに身に付けることが大切です。技術革新が進み、人は人にしかできない仕事に特化していく流れは今後も加速していきます。それは人間の持っている価値、人的資産の価値が相対的に高まっていくことを意味します。つまり自分自身に投資して人間としての能力を高めることがより多くのリターンを生むことになります。若い人には勉学や仕事を通じて能力を高めたり、人的ネットワークを築いていったりしてほしいと思います。

 白根氏 新卒で入社して3年以内に離職する人が3割もいるといわれています。まずは自分が何をしたいかということを主体的にしっかり考えることが必要だと思います。ホンダの創業者の本田宗一郎氏の哲学に「得手に帆をあげて」というものがありますが、やはり自分の好きなこと、得意なことに取り組むことが幸福な人生につながると思います。

 ロボットやAIに淘汰(とうた)されない人間になるには、「性格スキル」が重要だといわれています。性格を形成する開放性やまじめさは10代で最も伸びるそうです。社会的バイタリティーや仲間を作る力も若いときの方が優れているので、ネットワーク作りといった面でも自分に投資していってほしいと思います。

【プロフィル】白根壽晴氏 しらね・としはる 昭和52年、早稲田大学法学部卒。住友電気工業を経て、58年、税理士登録。エフピーインテリジェンス代表取締役。平成24年から日本FP協会理事長。『定年後のお金 全疑問45』(東京書籍)など著書多数。

【プロフィル】清家篤氏 せいけ・あつし 昭和53年、慶應義塾大学経済学部卒。博士(商学)。現在、社会保障制度改革推進会議議長、ILO「仕事の未来世界委員会」委員などを兼務。近著に『金融ジェロントロジー』(編著、東洋経済新報社)など。

【プロフィル】三上洋一郎氏 みかみ・よういちろう 平成10年生まれ、兵庫県出身。デジタルマーケティングを手掛けるGNEX代表取締役CEO&Founderで、慶應義塾大学総合政策学部2年。昨年9月から内閣府の「人生100年時代構想会議」の有識者委員を務めている。

この記事にアクションする