CEAFOM社長・郡山史郎さん 68歳でベンチャー立ち上げ「人生の後半戦は好きなことを自分で決めてやる」

「人生の後半戦こそ楽しく働くべきだ」と説くCEAFOMの郡山史郎社長=東京都千代田区(古厩正樹撮影) 「人生の後半戦こそ楽しく働くべきだ」と説くCEAFOMの郡山史郎社長=東京都千代田区(古厩正樹撮影)

 「会社に到着すると達成感があるんです。すごく幸せになる」

 東京・飯田橋の雑居ビルにオフィスを構える人材紹介ベンチャー「CEAFOM(シーフォーム)」社長の郡山史郎さん(82)の朝は早い。早朝に都内の自宅を出て約1時間、電車を乗り継いで午前7時半には会社に到着する。「それで午後4時か5時くらいに帰る。社員は『週休3日や半日勤務にしては』と言うけれど、楽しみを奪わないでと言いたいね」と大笑いする。

 郡山さんは昭和33年に一橋大経済学部を卒業後、伊藤忠商事を経て、翌年ソニーに入社。38歳で米企業へ転職するが、45歳の時にソニーの盛田昭夫会長(当時)のラブコールで再入社し、常務など経営幹部にまで上り詰めた。その後、定年を迎え、「何か世の中の役に立つことをしたい」と平成16年に68歳で立ち上げたのがCEAFOMだ。

 中高年になっても現役として働きたい人材を企業の経営職・管理職として紹介する。ソニーとは全く畑違いの仕事だが、「人生のセカンドハーフはできるだけ今までやってきたことと違うことをしたかった。人生の前半戦は出世競争とか家族のことなどいろいろあるが、それから解放されて好きなことを自分で決めてやるのが後半戦です」と強調する。

 昨年「九十歳まで働く!」(WAC)を出版し、定年後の働き方について自身の経験に基づきながらアドバイスしている。「年を取ると生活費が安くなってくるので、わずかな収入があればいい。90歳、将来的には100歳まで働ける」と隠居志向の高齢者に頭の切り替えを勧める。

 20、30代には「高齢者の面倒なんかみなくていい。今をよくして未来をよくするのがミッションだ」とエールを送るが、重要なのは人生の前後半の分かれ目となる45歳くらいの時期だという。「それまで蓄えた知識や経験を基に定年後に何をするのか作戦を立てる必要がある」と指摘する。

 「『その年まで働かなきゃいけないのか』というのが一番だめ。逆にそっちの方が面白いんだと若い人に伝えたいね」(桑原雄尚)

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