広い視野で人生を豊かに楽しむ 若い時代に趣味を持とう
「ひ・ひ・ふみん、ひふみんアイ♪」
フジテレビのバラエティー番組「アウト×デラックス」で軽快なリズムに乗って歌声を披露するのは今年6月に将棋界を現役引退した加藤一二三・九段(77)だ。「ひふみん」の愛称で親しみやすいキャラクターが話題を呼び、引退後もテレビ出演や講演などで引っ張りだこの毎日を過ごす。テレビ番組では歌と同様、将棋とはまったく関連性のない大食い対決にも挑戦し、「ここまでやるのか」と関係者を驚かせた。しゃべりだしたら止まらない怪トークもウケている。
「控えめに言っても、3日に1回はテレビに出ている。引退する前よりもたくさん仕事をしている」と笑う。
1954(昭和29)年に当時の史上最年少記録となる14歳7カ月でプロ入り。普通のサラリーマン人生の1・6倍にあたる63年間に及ぶ年月を第一線で文字通り戦ってきた。新たな世界に飛び込んで、さらにパワフルに活動できる秘訣(ひけつ)は何か。加藤氏は若い頃から続けてきた「趣味」の存在だという。
「クラシック音楽や世界旅行。こうしたものを通じて、いろんな人生経験を重ねてきた。だから、引退後にテレビ出演となってもそんなに驚かずに対応できているんでしょう」
若いときよりも活動的に過ごす70代、80代も目立ってきた。第2、第3とステージを変えながら人生を豊かに楽しむための土台づくりも欠かせない。
「若い時代のうちに、生きがいとなるような趣味を持つことですよ。将棋でなくてもいい。ガーデニングでも書道でも俳句でも何でもいい。広い視野に立った人生を送った方がこれからの長寿社会に対応できるのではないですか」
趣味に加えて高齢になってから重みを増すのが「宗教観」だという。加藤氏自身は、30歳の時に洗礼を受けた敬虔(けいけん)なクリスチャンだ。
「ある年齢になると死も近くなるでしょ。宗教の勉強をするのも必要ですよ。どんな宗教でもいいから、何か精神的な喜びを目指した方が生きがいが見いだせると思う」
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70代「若手」ふるさと下支え
100歳時代が到来すれば、老後の長い時間はごく限られた特別な人のものではなくなり、誰もが得られるようになる。
住み慣れたふるさとで無理をせず、年とともに自然と積み重ねた経験や調整力を生かしながら暮らしていく。過疎が進む地域を下支えする力になる手応えを得て、心を若々しく保つ効果も生む-。そんな試みを続ける地域がある。
◆50年後の日本
ヤマタノオロチ伝説の残る島根県雲南市。山陰と山陽を結ぶ国道沿いに鍋山と呼ばれる地区がある。
鍋山で、65歳以上の高齢者が全住民数に占める割合を示す「高齢化率」は38・89%(2016年10月現在)。約50年後の日本とほぼ同じ値だ。
人口が減るなか、地域の中心となるのは60代、70代の“若手”。その若手が市水道の検針業務を行っている。
きっかけは6年前、2011(平成23)年のことだった。「鍋山を回るのが、だいぶ大儀(だいぎ)(大変)になってきた」
鍋山の住民でつくる「地域自主組織」に、検針を請け負う民間事業者から“弱音”が持ち込まれた。標高が高く、家々は山林の間に点在。無理もなかった。
ちょうど、震災や大雨などの自然災害に備え、高齢者宅を見守るための連絡網を作った時期だった。
「連絡網があっても、ふだんから年寄りさんとツーカーでないと、いざというときに『助けてほしい』とはならん。検針を請け負って、ついでに『まめなかね(元気かね)』と声をかけて歩いてはどうじゃろうか」
地域自主組織の会長、秦美幸(よしゆき)さん(75)のアイデアはとんとん拍子にまとまり、翌年には「まめなか君の水道検針」をスタートした。
◆検針で声かけ
60代、70代の“若い”男性7人が、地区内の全412世帯525カ所の水道メーターをチェック。独り住まいの高齢者ら63人に「まめなかね?」と声かけする。市からの委託費は年間約90万円。7人には地域自主組織から時給850円が支払われる。
元団体職員の藤井龍也さん(65)も事業に加わった。「近所のご高齢者さんがどうしておられるかと思っていても、用事もなしに訪ねられん。検針なら見にもいける」
車がとまっているのに90代の男性が見当たらない家もあった。周囲を捜し、畑仕事をしている姿を確認してから別の家に向かう。草に埋もれたメーターボックスにマムシがいたり、ハチが巣を作ってうなっていたり、面倒もある。
しかし、声をかけられた高齢者が草刈りの手伝いを頼むなど、近隣同士のつながりは濃くなっている。
秦さんは「市役所が住民を働かせると不満を言う人もなかにはいるが、誰かがやってくれる時代は終わった」と話す。「それに、地域が住みよくなって、働いた人には仕事をする楽しみや達成感もある」
◆住民の力借り
雲南市には、鍋山と同様に「地域自主組織」が、小学校区ごとに1つ程度ある。2004(平成16)年の6町合併を機に、市が地域に働きかけて発足した。合併で行政は住民から遠くなる。人口減と予算減で市職員も年々減る。それでも行政サービスの質を維持する手立てはないか。市が思い立ったのは、住民の力を借りることだった。
現在、30の地域自主組織が、市から平均800万円の交付金を受け、地域づくり、生涯学習、地域福祉を進めている。
運営は極めてシンプルだ。組織が住民の要望を聞き、地域に必要なことを実現していく。
唯一の商店が閉店したことから、買い物支援策として、自分たちでマーケットを開いた組織もある。古民家を活用して、どぶろくと田舎料理のレストランを始めた地域もある。無理のないペースで、折り返しの人生を過ごす場所をつくる発想がそこにはある。