老後の備え、待ったなし 年金4100万円足りない

岩城みずほさんが試算したタクヤさんの老後資金と貯蓄 岩城みずほさんが試算したタクヤさんの老後資金と貯蓄

 「100歳まで生きるとしたら、どれだけ老後資金をためなければならないんだろう…」

 都内在住の会社員、タクヤさん=仮名=(45)は不安に駆られた。9月に政府が「人づくり革命」について議論する「人生100年時代構想会議」を立ち上げたとの記事を目にしたからだ。

 タクヤさんはメーカー勤めで、手取り年収は650万円。大学に入学した一人息子の入学金と授業料を納め、貯金はゼロになってしまった。老後の備えを相談するため、「人生にお金はいくら必要か」などの著書で知られるファイナンシャルプランナー、岩城みずほさんの事務所を訪ねた。

 岩城さんは試算で、65歳で定年退職し、タクヤさんが100歳まで35年間生きると想定。国の財政状況から年金は年額195万円と見積もり、生活費を現役時代の7割とした場合、残り20年間の現役時代に毎年どれだけ貯蓄する必要があるかをはじき出した。

 「年間約204万円の貯蓄が必要です。現役時代の給与が上がらないと想定すると、手取り収入の約31%を貯蓄に充て続けなければなりません」

 35年間の老後に必要な生活資金は約1億900万円。年金は約6800万円にとどまるので、約4100万円の貯蓄が必要になるという計算だ。住宅ローンの返済が残り、息子の学費もかかる中で月額17万円を貯蓄するのは至難の業だ。

 タクヤさんの父親世代は給料が右肩上がりで、平均寿命も短かった。年金を受給すれば、手取り収入の1割程度の貯蓄で老後資金を準備できた。

 しかし、寿命が延び長生きすれば、医療や介護の費用も膨らむ。太陽生命保険が厚生労働省の調査などをもとに分析したところ、年間の医療費は60~64歳では36万円だが、85~89歳で103万1千円。100歳以上では117万1千円と年とともに増えていく。

 岩城さんは「超長寿社会に備える意識は少しずつ国民に浸透してきたが、まだまだ足りない」と指摘する。「今から真剣に考えないと大変なことになる」。タクヤさんは肝に銘じた。

 生涯現役 一日でも長く働く

 現役時代のうちに十分な老後資金を蓄えることは現実的には厳しい。だが、長い老後を生き抜かなければならない。そのための答えが一つある。一日でも長く働き続けることだ。

 働き続けることでいくばくかの収入を得れば、老後資金の不足を補える。年金の受給開始時期を遅らせると、毎月の受給額を増やせる「繰り下げ受給」の仕組みもある。

 ◆定年延長へ動く企業

明治安田生命保険でも定年延長が導入される。若手社員を指導する山田一郎さんも対象者の一人 =東京都千代田区 明治安田生命保険でも定年延長が導入される。若手社員を指導する山田一郎さんも対象者の一人 =東京都千代田区

 それぞれが体調に合ったペースで生涯現役で働けば、人口減少による労働力不足問題に対する方策にもなる。企業は「定年延長」へと動き出している。

 今年7月、東京都江東区の明治安田生命保険の研修所。2019年に60歳を迎える社員114人が数回に分かれて集まった。同年4月に導入される60歳から65歳への定年延長について説明を聞くためだ。

 「60歳を超えてからも、経営管理職や営業所長への登用が可能」「給与面の処遇は、従来の60歳超の嘱託雇用のおおむね2倍程度」。人事担当者の話に、出席者は真剣な表情でペンを走らせる。

 資産運用部門勤務の山田一郎さん(58)は「住宅ローンの返済があるし、厚生年金の報酬比例部分が受け取れるのは64歳から。定年延長制度は処遇が良く、経済的に助かる」と歓迎する。

 既に定年を65歳としている大和ハウス工業は2015(平成27)年度から、65歳を超えた人を嘱託で再雇用する「アクティブ・エイジング制度」を導入した。契約更新は1年ごとだが、無制限の雇用延長が可能でまさに「生涯現役」で働ける。給与は月20万円。企業年金を合わせれば65歳直前とほぼ同水準の収入が得られる。

 65歳を超えた対象者のうち再雇用を選択する人は年々増え、今年は66人中48人と73%に達した。東京本社人事部の菊岡大輔次長は「思った以上の多さ。当初は50%ぐらいかと考えていた」と驚きを隠さない。

 再雇用者の多くは品質管理など“後方支援”部門に配属され、その分、若手を人手不足が深刻な現場に割けるようになった。

 同様の動きはイオン、サントリーホールディングス、ホンダなどにも広がる。厚生労働省の2016(平成28)年の調べによると、定年を65歳以上としている企業は2万4477社で全体の16・0%。定年制を廃止した企業は4064社で全体の2・7%と、いずれも増加傾向にある。

 政府も企業の定年延長に呼応し、年金の繰り下げ受給の拡大に取り組んでいる。年金の受給開始を65歳から繰り下げると、その分毎月の受給額が増える仕組みで、68歳まで遅らせると25%、70歳では42%増える。

 内閣府の有識者会議は10月2日に取りまとめた高齢化対策の報告書の中で、繰り下げ受給時期を70歳からさらに延ばすことを検討すべきだとした。

 ただ、繰り下げ受給を選択する人は多くない。2014(平成26)年度に年金を受け取り始めた人のうち繰り下げ受給者は1・5%にとどまる。制度を知らない人が多いとみられ、政府は繰り下げ受給のメリットを積極的にアピールしたい考えだ。

 ◆ポジティブに捉えて

 「日本は世界一の長寿国であり、健康に生きることができる。より長い年月を、健康に生きられることは、素晴らしい“贈り物”だ」

 政府の「人生100年時代構想会議」の有識者議員に招聘(しょうへい)された英ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットンさんは、長く生きることを不安に思うのではなくポジティブに捉えるべきだと説く。

 長寿社会の生き方を示した著書『ライフ・シフト-100年時代の人生戦略』で知られるグラットンさんは、「『年齢』の持つ意味を考え直し、60歳を超えても多くの人々が働くようにすることが重要だ」と語り、長く働くことが超長寿社会の課題解決につながると考えている。

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