元気な高齢者を官民で調査 遺伝?食?秘訣探る

慶応大などが行う元気なお年寄り対象の健康調査。指の毛細血管から血のめぐりを調べた=9月16日午前、川崎市の市立川崎病院(道丸摩耶撮影) 慶応大などが行う元気なお年寄り対象の健康調査。指の毛細血管から血のめぐりを調べた=9月16日午前、川崎市の市立川崎病院(道丸摩耶撮影)

 チーズやヨーグルトが好き。肉をよく食べる。体を動かす仕事を続けている。家族と同居し、よくしゃべる。両親の年齢を合わせると180歳超える-。

 100歳まで健康で長生きする人に、共通する特徴は何か。秘訣(ひけつ)は本当にあるのか。それを解き明かそうという慶応義塾大医学部の研究が川崎市で進められている。

 9月16日朝、川崎市立川崎病院(同市川崎区)。介護保険を使っていない市内の85歳以上の高齢者を対象とした健康調査が始められた。採血や血圧測定、聴力検査はもちろん、歩行速度や手足の筋力も測る。普段の生活習慣、飲んでいる薬は何か。2時間近くかけ対象者の現状をつまびらかにしていく。

 慶応大と川崎市からの協力依頼に迷わず参加を決めたという信田忠政さん(89)は「週2回、東京・渋谷まで電車で通って健康マージャンをしている」と“健康法”を明かす。姉(96)、兄(93)も元気で自立した生活を送っているという長寿家系を自任。耳は遠くなったというが、聞き取り調査にしっかり答え、壮健ぶりは際立つ。

 研究代表を務める慶応大医学部百寿総合研究センターの新井康通(やすみち)講師は、これまでも百寿を達成した高齢者のインタビューや健康調査を行ってきた。

 両親が長生きだと子も長生きの傾向がある。動脈硬化や糖尿病が少なく、生活の自立度が高い。血液検査をすると、細胞組織が修復されないことを示す「炎症値」が加齢にもかかわらず低い。そんな健康長寿者の特徴が浮かび上がってきている。

 だが、遺伝的要素から食事や運動などの生活習慣まで、健康長寿のメカニズムを全て明らかにするのは困難だ。そこで、今回の研究では、本人の同意を得た上で、85歳以上の元気な高齢者を選び、介護保険や医療保険の利用状況から追跡調査を行うことにした。最長で15年近くの時間をかけ、100歳まで健康長寿を達成した人は、そうでない人と何が違うのかを分析していく。

健康寿命、筋トレで延ばせ

 健康長寿のメカニズムが解き明かされるのはまだ先だとしても、健康長寿を妨げる大きな要因が認知症だというのは知られている。

 厚生労働省によると、2025年には国民の5人に1人、約700万人が認知症やその予備軍とされる。

 慶応大医学部の百寿総合研究センター長の岡野栄之(ひでゆき)教授によると「認知症の半分はアルツハイマー型。発症の確率が増える遺伝子など遺伝的要因は解明されつつある」という。

 アルツハイマー型認知症は、発症要因の一つと考えられるタンパク質の老廃物が脳内にたまることで起きる。発症の20~30年も前から蓄積は始まっており、画像診断で脳内の状況を明らかにすることで、認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)がわかるようになってきた。

 岡野氏は「治療薬の開発も進んでおり、早期に投薬を始めれば発症を遅らせることができる」と語る。

 薬や検査も重要だが、生活習慣の改善や適度な運動、社会参加などで発症を遅らせ、進行を食い止めるための研究も進む。

 国立長寿医療研究センター(愛知県大府市、鳥羽研二理事長)の島田裕之・予防老年学研究部長らによる取り組みはその一つだ。

 島田氏のチームは、認知機能の低下してきた人に手厚いトレーニングを実施した場合の運転技能の改善効果を調査している。運転技能を選んだ背景は、認知症予防につながる活動的な暮らしには自動車の運転が欠かせないという現実があったからだ。

 今年6月に、トヨタ自動車などとの共同研究の結果をまとめた。研究では、いくつかの点で認知機能が低下している人の運転技能を事前に検査。その上で約70人に危険や悪天候をプログラムしたシミュレーターや実車による運転訓練を約20時間にわたって実施した。結果は予想以上で、運転技能を計測すると訓練後は大きく向上していたという。

 研究に参加した男性(73)は、片道2時間半かけて釣りにも出かける行動派で運転免許はゴールドだ。しかし、70歳を超えたころから夜間や雨の日の運転しにくさを感じていた。

 訓練では、自分では危ないと感じても安全だったり、逆だったりした。「感覚のズレを調整でき、人からも運転がうまくなったといわれた」と実感を語る。

 島田氏は「運転することで生活圏が広がり、活動性が高まる。運転そのものが脳を活性化する可能性も考えられる」と指摘する。

 健康寿命を延ばす挑戦は、地方自治体でも始まっている。埼玉県では2012(平成24)年度から高齢者用の実証実験「健康長寿埼玉プロジェクト」をスタートさせた。ウオーキングと筋肉トレーニングで高齢者の健康寿命を延ばすという「ごく単純」な取り組みだ。発想の原点は医療・介護費の抑制。「高齢者に続けてもらえるか」(県健康長寿課)という不安もあった。

 同県加須市では2003(平成15)年度から続ける健康支援事業が県のモデル事業に指定された。事業のミソは、同年齢の参加者による交流を重視している点だ。今では15の施設40のグループがあり、参加者が声をかけあう。それがはりあいになる。

 最年長メンバーの一人、鈴木登さん(91)は毎週木曜に自宅近くの公民館に集まり、仲間と一緒にストレッチを行い、自分のペースで筋トレに励む。

 鈴木さんが筋トレを始めたのは10年前、80歳のころだという。「高齢で筋力はアップしないが、健康を維持できている」と話す。

 トレーニングはつらいと考える高齢者向けに、県は今年4月から、ウオーキングでポイントがたまると抽選で賞品が当たる事業も始めた。26市町村の約1万7500人が登録。その多くが60、70代の高齢者だ。

 県のプロジェクト参加者は今年度には32市町村に拡大し、約2万2千人の高齢者が参加する規模となっている。「高齢者には筋トレ」が常識の時代が近づいている。

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