人生「もうひと花」へ 50年後の平均寿命…女性91歳、男性85歳 論説委員・河合雅司

 日本は100歳まで生きることが当然とされる時代を迎えつつある。個人の人生設計も社会の仕組みも大きな変革を迫られる。それは、すべての世代の人々が自分のこととして捉え、考える必要がある。産経新聞社は、個人の意識や行動、社会構造の変革を促すことを目的とした「100歳時代プロジェクト」を立ち上げた。

 プロジェクトでは、各分野の英知を結集し、100歳時代を生き抜く知恵や備え、さまざまな社会課題の解決策などについて議論し提言や指針として発信する「100歳時代プロジェクト会議」を設置。会議は(1)ヘルスケア(2)ライフプラン(3)安心・安全社会-の3つの委員会で構成し、個別テーマについて議論を深める分科会を設ける。

 ヘルスケアでは認知症の予防・治療など健康長寿社会に向けた道筋を探る。ライフプランでは人生100年を生き抜くお金、仕事、生きがいなどについて、安心・安全社会では超高齢社会を支えるイノベーションや社会インフラ、コミュニティーのあり方について議論。それぞれ産経新聞紙面などで発表していく。

 「人生100年」といわれるようになった。敬老の日を前にした厚生労働省の集計によれば、100歳以上の高齢者は6万7824人(9月15日時点)に上り、47年連続で過去最多を更新した。

 老人福祉法が制定された1963(昭和38)年はわずか153人だった。日本の高齢化がいかにハイスピードかを証明している。

 2016(平成28)年生まれの平均寿命は女性87・14歳、男性80・98歳である。90歳まで生きる確率は女性49・9%、男性25・6%。女性の4人に1人、男性も10人に1人は95歳まで生きるという。こうした数字を見る限り、誰が100歳まで生きたとしても不思議ではない。

 なぜ平均寿命はここまで延びたのだろうか。第1の理由は、医療の進歩によって心疾患、脳血管疾患、がんなどの死亡率が下がったことだ。経済発展や公衆衛生の普及、健康志向の高まりがこれを支えた。ヘルシーフードとされる日本食の効果も挙げられよう。

 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は2065年の平均寿命を女性91・35歳、男性84・95歳と予測している。今後も100歳以上人口は増え続け、10年後の2027年には15万8千人、30年後の2047年には42万千人を数え、2074年に71万7千人でピークを迎えるという。

 医療技術の向上によっては、さらに延びる可能性だってある。

■長くなる人生後半戦

 それにしても「100年」という年月は長い。50歳の人ならば、これまで生きてきたのと同じ時間が残されている。60歳で定年を迎えたとして、40年もの人生をどう過ごすのか考えなければならない。

 しかも、延びるのは「老後」ばかりだ。人生の前半戦とは異なり、体力面で衰えは避けられないが、「もうひと花咲かそう」と考える人にとっては十分な時間である。目標と計画を持って生きたならば、相当充実した日々を送ることができるだろう。

 100年を生き抜くには、それなりの「備え」を必要とする。ポイントとなるのは(1)健康(2)老後の収入(3)生きがい-の3点である。これらは国民個々で対応できることも多いが、政府や企業の取り組みなしには解決しない課題も少なくない。

 人生が長くなれば、家族の構成もまた大きく変わる。連れ合いを亡くしてからの1人暮らしが長くなる。親子ともども高齢者となり、「老老介護」となる人も出てこよう。

 こうした高齢化の懸念に対しては人工知能(AI)やロボット開発によって解決するとの見方がある。ただ、AIやロボットが高齢化を止められるわけではない。やはりわれわれは「100年生きること」と向き合わなければならない。

 まずすべきは「100歳時代」とはどんな社会なのかを正しく理解することだ。そして、自分自身が100歳になることを前提として元気なうちに「備え」をしておくことである。

100歳時代、3つのポイント 豊かな未来へ発想転換

 100歳時代を豊かな社会とするには、価値観を変え、発想を大きく転換する必要がある。

 いま何が求められているのか。それを考える前に100歳が当たり前となる社会を展望しておこう。

 一般的に、老後を意識し始めるのは50歳を過ぎた頃からだろう。今年50歳を迎えた人が100歳を迎える頃の日本社会はどうなっているのだろうか。

 彼らが100歳となる2067年は、100歳以上人口が年間出生数を上回る象徴的な年でもある。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、この年の総人口は8614万人で現在の3分の2程度だ。一方で、高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)は38・4%に及ぶ。2・5人に1人は65歳以上という高齢者が街中にあふれる社会となっている。

 100歳以上が増えるということは、高齢者全体が高齢化することである。2067年には80歳以上が総人口の2割近くを占め、その6割は女性である。

 日本は「おばあちゃん大国」として位置づけられることだろう。高齢女性が安心して暮らせる社会をいかにつくるかが、100歳時代の大きなキーワードとなるということだ。

 では、100歳時代を豊かな社会とするためには社会をどうつくり替えればよいのだろうか。

 ◆(1)健康寿命を延ばす

 まずは、健康な人を増やすことだ。いくら長生きをしても、闘病生活が延びるだけなら本人にとってもつまらない。

 内閣府の「高齢社会白書」によれば、健康寿命は2013年時点で女性74・21歳、男性は71・19歳である。

 同白書は認知症患者数が2060年には1154万人となり、65歳以上の3人に1人を数えるようになるとも予測している。この平均寿命と健康寿命の差を少しでも縮めたい。

 そのためには、「病気になってから治す」という発想から脱却しなければならない。気軽に人間ドックを受けられる仕組みをつくる必要がある。

 50代から日常生活における食事や運動などを少し心がけるだけでも、「長い老後」の中では大きな違いとなって表れる。

 ◆(2)働けるうちは働く

 豊かな老後を過ごすには、健康への備えもさることながら収入を安定させなければならない。

 「老後の収入」を増やすには計画性が欠かせない。定年退職を迎えてから慌てても選択肢は限られる。ここでも「働けるうちは働く」という発想への転換が求められる。

 少子化によって若年層が薄くなっており、今後は高齢者の雇用は進むだろう。2030年までに労働力人口は900万人近くも減ると予測されている。

 政府のバックアップも不可欠だ。年齢によって雇用を打ち切るという考え方自体をなくすための法整備が急がれる。

 「働けるうちは働く」ということが当たり前となれば、年金受給を遅らせることができる。その分、年金生活に入ってからの給付額が増える。政府は、一定以上の勤労収入がある場合に年金受給額を減らす在職老齢年金制度の見直しも必要である。

 「老後の収入」において、最も急がれるのが定年退職した女性への対応だ。男女を問わず定年退職後に思うような仕事を探すことは難しいが、現状では50代後半の女性の過半数が勤務先から定年後の仕事に関する情報提供やアドバイスを受けていないという調査結果もある。「おばあちゃん大国」に備えるには高齢女性が働ける場所を増やしていかなければならず、企業側の意識改革が欠かせない。それ以前の問題として、働く意欲と能力のある人が年齢に関係なく働けるようにしなければ、100歳時代の社会は機能しない。

 ◆(3)生きがいの創出

 長い老後を考えれば、早くから老け込んでいるわけにはいかない。100歳時代に欠かせないポイントの3つ目が「生きがい」だ。

 それには「高齢者=弱者」という、これまでの“シルバー像”を打ち破らなければならない。いまの60~70代は一昔前に比べて、見た目も身体能力も大きく若返った。

 「生きがい」を引き出すのに最も重要なのは、居場所と役割だ。自治体などは50代の地域活動への参加機会をもっと増やすことだ。

 現役時代から自分の能力を磨き続けることが必要となる。社会人の学び直しも充実させる必要がある。

 長い老後を考えれば、「第二の人生」として起業を目指す人も増えるだろう。長く働くには、技術革新など時代の変化に対応できる人材であり続けることが求められる。

 「老後」が長くなることを考えれば、終身雇用ではない働き方の選択肢を広げる必要も出てくる。1つの仕事にこだわらず、転職しやすい仕組みづくりも求められる。

 一方、100歳時代で忘れてならないのが、長い老後で家族構成が大きく変わることである。とりわけ「おばあちゃん大国」において注視すべきは、女性高齢者の1人暮らしの増大だ。高齢社会白書によれば、2035年には女性高齢者の1人暮らしは23・4%となり、4人に1人を占める。男性も16・3%になるという。

 体力が大きく衰える年齢になって身の回りのことが不自由になったり、孤立したりしてからではなく、若いうちからコミュニティーに溶け込み、同年代の人が集まり住むという「新たな住まい方」も求められる。

 人生が長くなる分、「老老介護」のリスクも大きくなる。一方で高齢者の就業も増えることから、60代の息子が100歳の母親の介護にあたるために離職せざるを得ないといった介護離職も増えるだろう。政府は50代の働き盛りだけでなく、働く60代にも目を向けなければならない。

 果たして、100歳時代を「希望ある未来」とできるのか。あるいは「懸念に満ちた未来」となってしまうのか。

 すべては、われわれがどこまで価値観を変えられるかにかかっている。

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