「仕事に追われて」元気に 京大元総長・井村裕夫氏 87歳、第一線で活躍

 京都大元総長の井村裕夫氏は87歳の現在も、稲盛財団(京都市)の会長を務める傍ら、病気の超早期診断で健康を維持する「先制医療」の必要性を社会に訴えるなど、多忙な日々を送る。100歳時代にふさわしい元気な生き方の源泉は「仕事に追われていること」だと断言する。専門の医学的な見地も踏まえ、自らの健康長寿を分析し、他の高齢者にも参考となるアドバイスをもらった。(山本雅人)

 ◆60歳の転機

「低体重で生まれた人は注意を」と語る井村裕夫京大元総長 =京都市下京区の稲盛財団 「低体重で生まれた人は注意を」と語る井村裕夫京大元総長 =京都市下京区の稲盛財団

 「定年にあたる年齢から予期せぬ新たな仕事が始まった」という井村氏。ストレスによるホルモン放出が体の状況をどう変えるかのメカニズムを解明するなどの業績を挙げ、日本学士院会員にも就任、世界的な医学者の道を歩んでいた。

 転機は平成3年、60歳の時だ。「立候補も推薦もなく、各教官が、ふさわしいと思う教授の名前を紙に書く」という当時の京都大の独特の選挙システムにより、突如、第22代総長に選ばれた。研究をやめ大学運営に奔走、さらには国立大学協会会長として高等教育の大きな責任を担う立場に。

 そして「第三の職業」として、総長を退任した翌年の10年、首相が議長を務め、政府に科学技術政策を提言する「科学技術会議」(現在の総合科学技術・イノベーション会議)の常勤議員就任を依頼され、67歳から約6年間、東京に単身赴任し国の政策立案に携わるなど多忙を極めた。

 だが、「新たな分野の仕事をするためには一から勉強しなければならず、それが刺激となって健康維持につながっている」という。今年2月には人生の集大成として、300ページを超す著書「医の心」(京都通信社)を刊行した。

 ◆「新たな取り組み」を

 寿命が延びた現在、60歳以降の人生は長く、井村氏は「2度目の勤労期ととらえ、仕事でも趣味でもいいので、新たなことに取り組むことを勧める」と話す。

 定年廃止などの施策が考えられるが「年功序列の現状のまま定年廃止したのでは若い人の芽を摘み、活力が落ちる」。そのため「新たな取り組みへの勉強のための支援、例えば60歳で大学に入る支援制度などを国は考えるべきだ」と訴える。

 元気の源泉は仕事だけではない。井村氏は現在、毎日のウオーキングのほか、週2回、ジムに通い筋トレを続ける。「健診データで他の人と違った弱点を把握し、食事などの生活習慣に注意してほしい」

 長年、糖尿病の治療・研究に携わってきたが、「自分の血糖値の日内変動を測定したところ、時々、正常値と糖尿病との境界領域に行くことがあり、甘いものを食べ過ぎぬよう注意して生活してきたことも現在の健康につながっている」と振り返る。

 ◆先制医療普及に奔走

 現在、井村氏は先制医療の啓発・普及に取り組む。予防医療が集団を対象に病気のリスクを明らかにするのに対し、先制医療は遺伝情報など「個人」に着目する。集団の分析から「喫煙は大きなリスク」と訴えても、愛煙家全てが病気になるわけでなく、生活習慣改善の動機付けとなりにくいからだ。一方、先制医療では、遺伝的にハイリスクの人を抽出、最新技術で超早期診断を行い、発症のはるか前に兆候をつかみ投薬などを行う。

 究極の先制医療として、出生時の低体重や過体重を防ぐための、妊婦の適切な栄養摂取が挙げられる。胎児期に低栄養だった人はその環境に適応し、出生後の豊かな栄養状態では、いわば過剰な状態となり、将来、糖尿病などになりやすいからだ。井村氏は「高齢者は生活習慣病を発症しやすいので、自分の出生時の体重を再確認し、低体重や過体重だった人は自分がハイリスクだと自覚して食事・運動に特に注意してほしい」と結んだ。

この記事にアクションする